『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』を知っているかい・・・?

大塚博堂(おおつか はくどう) 1944年3月22日生まれ、血液型:A型、学歴:東洋音楽大学中退 出身地:大分県別府市

1972年に「大塚たけし」名義で歌手デビューするも、不発。その後クラブでの弾き語りの活動などが評判になり、1976年(昭和51年)6月26日、『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』で32歳の再デビューとなった。

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ダスティン・ホフマンになれなかったよ


この再デビュー直後某地方駅前の100人も入らないホントに小さな家電メーカーのホールでミニ・コンサートを開いたことがある。当初レコード会社からのサイン会の依頼だったが、どうせやるならと勝手に企画したところ快く承諾してくれた。その夜一緒にお酒を飲みに行き、日常の出来事などいろいろな話をして、一番リラックスできるのはとの質問に、「TVで野球を見ながら枝豆とビールかな」と答えてくれた言葉が今も残る・・・

なぜなら・・・
『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』が評価され、遅咲きながらも『めぐり逢い紡いで』、『過ぎ去りし想い出は』や『季節の中に埋もれて』などの曲で活発な音楽活動を行ったが、1981年(昭和56年)5月18日に脳内出血のため37歳で急逝してしまった・・・

過ぎ去りし思い出は


彼の歌声はマイクなど必要がなく(実際ミニ・コンサートでミキサーの針がレッド・ゾーンまで振切れた)今もストレートに心に響く・・・

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