東宝特撮ポスターめぐり②

東宝特撮手持ち作品のポスターをNET上で探して並べてみた。第2弾。

電送人間
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「電送人間」は、1960年(昭和35年)4月10日に公開された特撮スリラー映画で、俗に言う変身人間シリーズの第2作である。主演の鶴田浩二は、福田監督が助監督時代からの親友であり、彼の監督昇進祝いのつもりで出演したという。

ガス人間第1号
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「ガス人間第一号」は、1960年(昭和35年)12月11日に公開された俗に言う変身人間シリーズの第3作である。この作品はオリエントな要素が受けアメリカで大ヒットし、アメリカの映画会社によって、「フランケンシュタイン対ガス人間」という続編が企画された。アメリカで企画書を見た田中友幸が土屋に語ったところによれば「藤千代を蘇らせる為にガス人間がフランケンシュタイン博士を探す」というものであったそうだ。

モスラ
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「モスラ」は、1961年(昭和36年)7月30日に公開され日本初の「東宝スコープ」(ワイド・スクリーン)の怪獣映画である。東宝がゴジラ、ラドンに続く怪獣キャラクターとして注力した、製作費に2億円(当時)をかけた日米合作であり、ゴジラ、ラドンと並び「東宝三大怪獣」と称されている。

世界大戦争
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「世界大戦争」は、1961年(昭和36年)10月8日に公開され、東京、ニューヨーク、ロンドン、パリ、モスクワが核ミサイルによって破壊されるクライマックスシーンは、天地を逆にしたミニチュアの下から圧縮空気を吹き出させる方法で撮影された。

妖星ゴラス
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「妖星ゴラス」は1962年(昭和37年)3月21日に公開され、謎の燃える怪星ゴラスと地球との衝突を回避するため、地球の公転軌道そのものを変えようと奮闘する人々を描いたものだ。また、南極を砕氷船が進むシーンでの氷原は、当時最新の素材だった発泡スチロールで作られており、ラストの水没した東京のシーンは、ビル群のセットを利根川に持ち込んで撮影されている。

キングコング対ゴジラ
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「キングコング対ゴジラ」は1962年(昭和37年)8月11日に公開され、東宝創立30周年記念作品として送るゴジラシリーズの第3作だ。またこの作品は「怪獣同士の対決」という日本の怪獣映画の流れを決定付けた作品であり、日本映画の絶頂期だったこともあって観客動員数は1255万人を記録した。

マタンゴ
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「マタンゴ」は、1963年(昭和38年)8月11日に公開された変身人間シリーズの番外編的扱いを受けている特撮ホラー映画だ。出演者達が食べる劇中のキノコは蒸し菓子で米粉を練った和菓子素材で作られており、毎朝撮影所に蒸したてが届けられたそうだが、そのままでは味気ないと土屋嘉男の提案で砂糖を加えて食べやすくしたところ大好評で、水野久美は特に気に入って食べていたという。

海底軍艦
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「海底軍艦」は、1963年(昭和38年)12月22日に公開され、劇中の海底軍艦、ムウ帝国潜水艦ともにデザインは小松崎茂で「潜水艦とロケットとでは根本的に構造が違うので、轟天号のようなものを実際には作れないのは分かっているが、映画の画面ではそれなりに観客を納得させられるようにデザインした」との趣旨の発言をしている。設定ではキャタピラを出して地上を走る陸上型の変形もあったが、劇中では描かれなかった。

モスラ対ゴジラ
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「モスラ対ゴジラ」は1964年(昭和39年)4月29日に公開され、ゴジラシリーズの第4作だ。海外版は当初『GODZILLA VS. THE THING』 というタイトルで、ゴジラが名古屋に現れ名古屋城を破壊し、海へ向かうカットの後に、国連派遣の新鋭艦隊が出動し、浜辺を歩くゴジラに対してミサイル攻撃を行なうシーンがある。海外版の完成フィルムではこのミサイルは、国連大使により「高性能誘導弾フロンティアミサイル」と説明されており、ミサイル艦隊後尾で風にはためくアメリカの星条旗がアップになるカットがあるがロケーションは静岡県浜松の砂丘で擬似夜景処理を施し、オープン撮影で行われた。

宇宙大怪獣ドゴラ
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「宇宙大怪獣ドゴラ」は1964年(昭和39年)8月11日に公開され、本作の公開三年前に、「週刊少年サンデー」(小学館)での怪獣絵物語用に小松崎茂がデザインした怪物のイラストを立体化したものであり原生生物が参考にされている。撮影用のミニチュアは、素材探しから始まって撮影手法に到るまで、試行錯誤の繰り返される大変手間のかかったものとなったようだ。細胞状態のドゴラは、有機ガラスをガラスに挟んで表現され実景と合成された。結晶状態のドゴラは、塩化ビニールを熱加工して貼り合わせた15㎝ほどのミニチュアに電球を仕込み、ピアノ線から電流を送って発光させたという。


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