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zoom RSS 映画"スウィート・ノベンバー"

<<   作成日時 : 2013/02/03 12:00   >>

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1968年「今宵かぎりの恋」のリメイク作品で、キアヌ・リーヴス/シャーリーズ・セロン共演の2001年公開されたアメリカ映画です。

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◇あらすじ
サンフランシスコの一流広告会社に勤める仕事人間のネルソン(キアヌ・リーヴス)は、ある日、自動車免許の更新場で出会った風変わりな女性サラ(シャーリーズ・セロン)から、この11月の間、1ヵ月だけの恋人になることを唐突に提案される。彼女の強引な態度、加え一緒に住むこと、仕事を一切してはいけないことという一方的な条件に困惑するネルソンだが、まもなく承諾。そして彼は次第に彼女に惹かれ、恋におちていく。やがてプロポーズ。だがサラは、実は末期ガンであった。それを知ったネルソンは看病を申し出るが、サラは彼への愛ゆえに拒否。マフラーだけを残し、そのまま彼の前から姿を消してしまうのであった。
(goo映画より)

この映画については、何と云っても "これはどういうこと?" とされる結末に話題が集中しているようで、これがその問題(?)とされるシーンです・・・

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"運命には逆らわない。僕が欲しいのは11月だけ、ほかは要らない"
と語るネルソンに・・・ "ふたりの月は終わり、もう永くはないから、今別れれば美しいままあなたの中に残れるわ、私は家に帰るの美しいままの人生で行かせて" ネルソンに眼を閉じていて欲しいとサラは自分のマフラーをはずし目隠しをする。"ネルソン・モスさようなら・・・サラ・ディーバーを忘れないで " ネルソンの手にはマフラーだけが残り、そっと頬に当ててぬくもりを確かめてみる・・・まだ暖かい、しかしもうどこにもサラはいない・・・。

ある人は「美しい思い出になれるなら、私はどんなことにも耐えられる」とすることに賛同するかもしれませんし言葉もどこか名言的な香りもします。ですが、事前にこのことを知らずこの映画を観る為に足を運んだ人の中には「最後まで愛した人のそばにいて、その人の腕の中で死ねたら」との思いからこの結末に疑問を持ってしまったという方も少なくなかったようです。

一般的なラブストーリーは@偶然の出会いから始まりA運命のようなものを感じ近づいたり離れたりを繰り返しBやがてお互いの心がどこにあるかに気付くという流れで展開していきますが、この作品も大きな意味では違いはなく、1ヶ月間限定の恋という設定があるだけです。ですから当然ストーリー展開を事前に知らない観客は一般的なラブストーリーと同じ感覚を持つこととなり、こうしたラストシーンなど想像すら出来ない状態で観ることになります。

またこの作品の場合は、ラブストーリーでありがちな浮気や嫉妬を含め二人の思いに反対するという障害は(作為的?に)ほとんど描かれていません。結果ネルソンとサラの心の動きのみを追いかけていくことがメインとなり、そのせつなさ感じてくださいと云わんばかりです。そして追い打ちとして流れる音楽がエンヤの「オンリー・タイム」・・・これはもう "泣きなさい" 以外の何ものでもない設定であり、観客の立場からは "最後まで愛した人のそばに" と思うのはやむを得なかったことでしょう。


しかし、この作品が観せたラストは裏切り(?)ともいえる全く違うもの。作品としてこれでよかったのかどうか意見が別れるところではありますが、私の周りの(女性)反応では "泣けなかったよ〜" の方が多かったですね。

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