映画「ザ・スパイダースのゴー・ゴー・向う見ず作戦」

昨日NHKBSで放送された1967年公開の日活映画「ザ・スパイダースのゴー・ゴー・向う見ず作戦」

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ザ・スパイダース初主演映画で、監督は小林明主演「渡り鳥」シリーズでお馴染み斎藤武市

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脚本は才賀明と若き日の(いうまでもないでしょうが "北の国から" の)倉本聰で、ストーリーとしては

健の恋人チノが素人歌謡コンクールで優勝した時、チノは司会者の質問に、まだ恋人はいないがあらゆる障害を越えて自分の所へ直進してくる人がいたら、求愛を受入れる、と答えた。チノは気が弱い健を励ますためにそう言ったのだった。ところが、横浜でテレビを見ていた順や昭知たちの七人組の若者たちが、チノの言葉に発奮して東京に向って一直線に行進を始めたのである。彼らは喫茶店の大ガラスを破り抜け、車の行き交う交差点を進んで六重衝突を起こさせ、途中で警察署を通り抜けようとしたが、武装警官に信号無視、家宅侵入、器物破損などの罪で逮捕された。しかし、順たちは、ただまっすぐに歩きたかっただけだと言って許された。一方、健はバンド仲間の浩治たちから激励され、三軒隣りのチノの家まで一直線に歩くことになったが、隣りの三上教授は健の通り抜けを断ったために、再びそれを強行しようとして三上家の防犯ベルにひっかかってしまい、健は半ば計画を諦めた。その頃、ようやく七人組の奇行がマスコミの話題になり始めた。ニュースカメラマンが七人を追いかけ、ある評論家は“直線に憧れる若者”を讃美するなど、全国的な話題になったのだった。しかし、七人の若者はそんな虚名に少しも喜ばず、ただ目的のために歩いて行った。健は七人組のことをテレビで知り、いてもたってもいられず、父の、チノを奪えという言葉に勇気を出し、チノの家までトンネルを掘り出した。健が日夜、トンネル掘りに精を出す頃、七人の若者は刻々とチノの家に近づいていた。健危うしとみた浩治たちは、いち早く七人組の前に立ち塞がり、前進を妨害したため、健はわずかの差でチノの家へ駆け込んだ。チノはそんな健に感激して、堅く抱きしめるのだった。一方、遅れをとった七人組は、敗北を認めると、今まさに落ちなんとする太陽に向って、一直線に遠去かって行った。
(from MovieWalker)



要は「"どんな障害でも越えてくれる人こそ私の恋人" というヒロインの言葉を真に受け、スパイダースの7人が横浜から東京に向かって歩き出す」という極めて分かり易いもので、途中汽車に跳ね飛ばされた牛がステーキになって落下してきたり

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レンガを1個抜いたら建物が崩壊するなどのナンセンスギャグ

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死刑執行直前の場へ入り込むブラックユーモア

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そして今でも "あるよねぇ" と思ってしまう "大学教授の文化人気取り" の社会風刺

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等々 "ドタバタ的展開" で進んでいきます。なお作品中、主題歌・挿入歌としてスパイダースの「あの虹をつかもう」「フリフリ'66」「夕陽が泣いている」「なんとなくなんとなく」「太陽の翼」「風が泣いている」「恋のドクター」「サマー・ガール」などの "PV映像?" を見ることが出来ますが、以下は我が家にある "フリフリ'66" です。モノ持ちよ過ぎ?(笑)

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作品が公開された当時、個人的にはバンド結成していた時代でもありメンバーと一緒に映画館で鑑賞しましたが、実はスパーダースがというより、作品中登場する山内賢がリードギターで和田浩治がドラムスという(映画用ということではなく実際にバンド活動していた)"日活ヤング・アンド・フレッシュの姿を見たかった" というのがその理由で

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今ではメンバーと会う機会はありませんが、懐かしい思い出とともに観させてもらった作品です。

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